yasushi+kの脳内日記 2005年1月1日〜2日
この日記は、ネット上で情報公開をしているという事を多少は配慮しつつも、できる限り自分の考えをストレートに表現できる場として"脳内日記"と名づけています。

元旦早朝から関西方面へ。

いろいろ事情があってもう5年半も帰っていなかった実家方面へ出向くことに。祖父(母の父)が、そろそろ会っておきたいなんて不安気なことを言うので年末のスケジュールがゴチャゴチャしていた中、とりあえず日帰りでも良いから正月は実家に帰ろうという決意をしました。

しかし、実際にはいろいろ作業なども残っていて、実家で年越し〜・・なんていうのんきな雰囲気でも無かったので、東京で年越しをして早朝から始発で出発することにしました。

新幹線は自由席。帰省ラッシュも1月1日は恐らく大丈夫だろうという予想を立て、行きも帰りも予約なしで自由席を狙ってみました。大荷物で帰省する場合はやはり不安なのですが、今回は最小限の荷物をBOBLEB-Eのメガロポリスというハードシェルカバンに全て詰めこんだので、最悪満員電車でも何とかなるだろうと思いまして。



2004年の大晦日。東京は雪が積もり大変でした。僕はある曲を作る作業を行っていて、そのデータを結羽に送ったりした後、帰省に必要な荷物を全て持ってある場所に移動し年越し。年越しから数時間・・全然正月らしくない食事などをしながら過ごした後、4時台の電車に乗って出発。

最初の乗り換え。新宿行きの電車は4時55分だった。この線は大晦日だけ特別に夜通し電車が走っていると聞いていたので油断していたのですが自分がこの駅に着いたのは4時20分頃。昨日道路に積もった雪がすっかり凍りついているような状態ですからホームは激寒。最近この線の駅に増えつつある待合室もここにはまだなく本当に参った。

で、写真はありませんが、この後さらに新宿駅でも結構待たされる羽目に。
6時38分発のひかりに乗る予定なので、かなり余裕を持って東京駅に着いていろいろ弁当や雑誌などを買っての〜んびり帰ろうと思っていたのですが、結局そんなこんなで東京駅の混雑の中で乗車券・特急券を買ってホームに行った頃には目的の新幹線には沢山の乗客が。

それを見た時にはかなり焦りましたが、難なく自由席に座ることができました。むしろ普段のこの時間(通勤時)よりも空いている感じかもしれません。
東京は曇り空だったのですが、僕は運良く新幹線の中から初日の出を見ることができました。

かなり感動的なシチュエーションでした。

ただ、実際にはこの写真はもう熱海の手前くらいで、天気が良かったら出発直後の東京のビルの間から見えたかもなぁ〜なんて思いながら。
上京後も5年半前までは何度か帰省していたのですが、その時はもっとスケジュール的に余裕があったので新横浜〜新大阪まで新幹線で来て、そこから新快速(JR西日本圏でしかわからない(笑))に乗って姫路まで移動していたんですが、今回は東京−姫路まで直通。そこから各停で移動。

写真は221系という車両。これもJR西日本限定なので懐かしかった。

通勤にも使われる電車で1車両の中が全部ボックスシートっていうこと自体が東京では珍しい。

学生時代を思い出す車両です。
祖父宅に関西方面の親戚が集まる。

関西上陸自体は5年半ぶりですが、正月という条件を加えるともう8年ぶりくらいになるので懐かしい。というか、ここではあまり触れないが、知らない家族や親戚が増えていてちょっと複雑な気持ち。親戚のみなさんは祖父宅に午前11時集合なのでできるだけ早く来て欲しいと言われていたのだが結局自分が一番乗りしてしまった。近場の人ほどのんびりだ。

その後、初詣に誘われてすぐ近くにある【鹿島神社】というこの付近ではかなり大きな神社に行く。が、それ自体は楽しいことなのだが自分の出身中学に極めて近い場所にある神社だけに、知り合いに会いたくないなぁ〜という気持ちの方が大きかった(笑)。いや、会いたい友人も沢山居るのですが・・。

他所から来る人も多い神社なので、この付近に近づくだけでかなりの渋滞。でもそこはさすが地元の人だけあって、裏道を抜けて少し神社から離れた場所から歩く。久々にこんな田舎道を歩いたので随分とリラックスできた気はする。かなり歩いた気がしたが参拝を済ませて車に戻った時もまだ渋滞はそのままだったので、恐らくあのまま車で待っていたら、未だに神社にすら辿りつけていないんだろう。
記憶が正しければ、人生初のおみくじ(神社のちゃんとした物では)。

ここの神社は大きいので第○○番というのは相当沢山バリエーションがあるのですが、なんと「第1番大吉」がでました。

この鹿島神社は柏餅が名物らしく、あちこちの店で独自の柏餅を販売しているのですが、うちは祖父の代からずっと付き合いのある店でいつも買うことにしているらしい。というか、こんなに美味かったのか・・と思った。3〜4個平気で食べてしまえる。冷めても美味しいし、暖かいまま手渡してもらえるのもすごく美味い。

初詣を済ませて祖父宅から母の車に乗って実家へ。

実家と言ってもいろいろ僕の知らない間にゴタゴタあって、実はこの日【初対面の家族】もいるし、家も僕が初めて入る建物なのですが・・。

猫が5匹もいました。

いろいろあったストレスからか激太りした3歳年上の兄(30歳)と、すっかりヤンキー化した12歳離れた弟(高校生)と、さらにその下の全く変化の無い小6の弟と。母は随分と若返っていた。まだギリギリ40代。以前東京側の祖父が亡くなった時に会った時はまだゴタゴタの真っ只中だったからか随分と疲れた顔をしていたが、今は随分とすっきりと元気そうな顔をしていた。

柏餅食っている最中の顔で申し訳ないが、親戚・家族の中で最も僕に似ているといわれる母(初公開)。

この日は実家で夕食を食べた後、夜遅くまで兄と話をしたり僕のVAIOに入れていたDJネタ用の古い歌謡曲などを聞いたりして過ごした。その後、3時間ほど一番下の弟の部屋で寝かせてもらって明け方からTVをぼ〜っと見ていた。前日の夕飯の残りなどを食べながら。

午後になってアセダイスケ氏と合流しうちの家族と共に焼肉へ。関東の焼肉は醤油味ベースのタレばかりなので、「味噌だれの美味しい焼肉が食べたい」という僕のリクエストから。

神戸から少し西あたり・・、ちょうど僕の地元あたりの人がよく「東京で焼肉なんて食べられないよ!」っていうのを聞くのですが、自分は自力で生活できるようになってから自力で食べた焼肉は全て東京のものなので、「そんなことないよ」と思っていたのですが、それが全て覆されました。

値段的には、東京の某G鉄よりもまだ少し安いくらいのお店なんですが、本当に美味くて驚いた。今、これを書きながらあの焼肉が食べたくてしょうがないくらい。お仕事の打ち上げなどで高級な焼肉をご馳走になったりもしますが、それはまた別格として、とにかく安いのにビックリするくらい美味しいっていうのが衝撃的でした。
その後、家族とは別れアセダイスケ邸におじゃました。

広いリビングもある3LDK。羨ましい。
こっちがリビング・・のキッチン側。反対側にもかなりのスペースがある。
しばらくの間、音楽を聞いたりいろいろ話をした後、1月2日の日付のうちに自宅に戻れるように計算してアセダイスケ邸を出発。

彼の家の最寄り駅は、自分が高校時代によく乗り換えで利用していた駅で、しかもその当時乗り換えでよく利用していたくらいの時間帯だったのですごく懐かしかった。
電車までそれほど時間がなかったので、バタバタと15分くらい姫路駅付近の街を散策。懐かしい箇所をひたすらデジカメで撮影。

随分街も変わってしまったけど、商店街とかは大改装とか行っていなければ、ちょっと上を見上げたりするとそこに懐かしい看板とかが残ってたりするし、店の看板より上の部分とかは昔のままだったりするので懐かしい。
今回の日記にはいくつかケータイで撮影した画像がありますが、これはさらに小さい写メール用の画像を無理やり拡大したのでさらに画質が悪いです。

アセダイスケ氏と新幹線の駅でお茶。せっかく関西なので懐かしのミックスジュースを飲みました。
アセダイスケ氏は、わざわざホームまで入場券を買って見送りに来てくれました。

喋るのに夢中で飲み物も買わずに乗ってしまったのは失敗だった(笑)
700系の西日本Ver塗装?レールスターというやつ。これに乗って帰ったのではなく、行きも帰りも300系ひかりでした。

名古屋くらいまで爆睡してしまいました。帰りも乗車券は東京まで買ってあったのですが、210円の差だったので新横浜で降りました。実際にはこっちの方が近いのですが、行きは自由席ということもあってちょっとでも座れる確立が高まるようにと東京駅から乗ったわけです。

それにしても濃密な2日間でした。1月1日の朝まで東京に居て、1月2日の日付の間に東京に戻っていたわけですが、ものすごく長かった気がします。あまりにも慌しかったので自宅で目覚めたときに「あれ?ここどこだ?」って思ってしまったくらい。



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